1.5 技術リテラシーの構造

具体的な「技術リテラシー」とはどのようなものか。最近の定義では、リテラシーと言った場合、単に言葉を知っているだけではなく、それを適切に使える能力を意味する。そうだとすれば、「技術リテラシーがある」と言った場合、個別技術について知っているだけでは不十分である。すなわち、技術の知識、技術の方法、技術の利用に必要な能力、といった三つの要素をバランス良く備えている必要がある。

1 技術リテラシーの構造

技術リテラシーの対象となる「技術」はどこまでを含むのだろうか。技術に近い言葉として、技能、技巧、工学がある。多くの生活技術や職業上の比較的簡単な技術は、技能と呼ばれる。それらの技能を洗練させていく過程で生れるものが技巧であり、中でも科学的な裏付けを強く持ったものが工学と呼ばれる。本報告書は、これらすべてを技術の一形態とし、いずれも技術リテラシーの対象としている。

工学や技能は、技術リテラシーを構成する三要素の特殊例と定義することもできる。「技術の知識」の在り方が科学に根ざしたものが工学であり、「技術の利用に必要な能力」をあまり多く求めないものが技能となる。

また、本報告書でいう技術は、目に見える技術と見えない技術の両方を含んでいることに注意して頂きたい。目に見える技術とは、一人ひとりの人間が持てる物作りの能力を指す。これに対し、見えない技術とは、製造システム、流通システム、金融システムなど、複数の技術が複合して社会の仕組みになっているものを意味する。

 

1.5.1 技術の知識

これだけは知っておいて欲しいという、公約数となりえる知識を、膨大な技術の世界からどう抽出するか。これは極めて難しい。ここでは、重要な個別技術の用語と、様々な技術が共通して持っている性格、に大別して考える。

自動車と原子力発電を例にとって説明してみよう。我々はこれら二つの技術から恩恵を受けている。二つの技術をさらに推進するにせよ、規制するにせよ、二つの技術の具体的な仕組み、利用の仕方、操作(運転)の仕方について一定の理解をしておくことが望ましい。自動車であれば、かなりの人が知っていると思われるが、これだけ自動車が普及してくると、エンジンの仕組みについてほとんど知らずに運転している人も多いだろう。一方、原子力発電は発電方法の一つであることは知っていても、その仕組みを理解している人は少ないのではなかろうか。

自動車と原子力発電には共通の性格がある。複雑な部品や機構で構成されるシステムである、人々に役立つ面とマイナスを与える面の両面を持つ、社会と相互に関連し合う、馬車と火力発電という先行技術の歴史を踏まえている、などである。特に、相矛盾する面のバランスをとる「トレードオフ」は、技術の本質に関わる重要な共通点である。

以上の共通性格は、技術や技術製品のほとんどに見られる。個々の技術の全てについて、用語の意味を知ることは不可能であるが、共通の性格を理解することは可能である。

 

1.5.2 技術の方法

技術の開発や技術の利用について、考え方や合理的な進め方を知っておくと便利である。技術に関する十分な知識を持っていたとしても、それを活用する方法を知らなければ、技術の効率的な利用や真の理解は難しい。技術に関する方法論には、設計方法論、システム論などがある。

また、技術は状況や文脈に応じて選択する必要がある。多くの場合、社会の制度や文化といった技術以外の文脈に基づいて、技術を選ぶことになる。こうした文脈に基づく技術選択は必ずしも最適解にはならないので注意が必要である。

 

1.5.3 技術の利用に必要な能力

技術は実際に利用してこそ意味がある。技術知識や技術方法論に裏付けされた「技術を使う能力」が重要な所以である。この能力には、技術を開発する力を含む。さらに、技術の評価やどの技術を利用するかを判断する能力も入る。したがって、技術を直接利用する能力だけではない。

評価や判断能力は、利用する人間の美意識や社会正義などに基づく場合もある。すなわち、技術は「真・善・美」に関係し、それらに基づく評価と判断能力の養成が求められる。日本特有のものと言われる「道」は、技術の習得や伝承に関係する一種の能力と見なせよう。


【コラム3】技術の継承と累積的な発展:我が国の高炉技術発展の事例

12月1日は製鉄記念日である。この前後の休日に、官営八幡製鐵所発祥の地、北九州市八幡地区で「東田たたらプロジェクト」が行われる。このプロジェクトは、平成14年に新日本製鐵八幡製鐵所における人材育成を目的として始まった。

現在は、製鐵所が主催する「育成たたら」と、北九州市及び北九州産業技術保存継承センターが主催する「市民たたら」の二つのプロジェクトに発展している。

「育成たたら」は、人材育成と謳われているように、当初は新入社員同士の連携強化、関連協力会社や大学生など製鐵所以外の集団とのチームワーク作り、を目的とする。グループごとに目標を設定し、その実現を図るための議論を重ね、チームをまとめる力を醸成していく。育成と命名されているものの、製鐵の原理である「炉内反応のメカニズム」にまで取り組む本格的な内容となっている。

一方、「市民たたら」は、親子で鉄づくりが体験できる事業として市民へ一般公開されている。製鐵所が支援し、たたら操業の実作業を体験させるものだ。参加した親子は、自ら窯をつくり、炭火を炊き、溶鉄を取り出す。この経験から、子供たちは「鉄づくりの魅力」を感じ取っているに違いない。

どちらのプロジェクトにおいても、関係者が、たたらの操業結果を分析・評価し、そこから得られた課題をもとに、次年度の目標を設定する。操業結果の分析は、近代高炉の実操業に対するそれとほぼ同レベルで行われている。