1.2 全員が舵取りに参画

全員が身に付けているにも関わらず、あえて技術リテラシーという言葉を持ち出すのはなぜか。今後も技術を生み出し、使い続け、豊かな社会を持続させていくためには、個々人がすでに持っている技術リテラシーをさらに磨き、全員がある一定以上の素養を持って技術の舵取りに参画していく必要がある。技術は社会を変えるし、社会の変化によって技術も変わる。社会と技術が相互に変化していく中で、我々はうまく舵取りをして生き抜いていかなければならない。そして、先達が豊饒な技術群を残してくれたように、次の世代に、豊かな社会とそれを支える技術を引き渡すことが、我々の責務である。

技術の舵取りとは、技術を上手に使いこなして利点を享受しながら、欠点をできる限り出さないようにすることを指す。技術はこれからも社会を豊かに、便利にしていくが、一方で技術は負の側面を必ず持っており、我々は難しい舵取りを余儀なくされる。負の側面の一例は公害や環境問題である。自然界に人が作用を及ぼすことによってこうした問題を引き起こす危険がある。

もちろん、技術の進展によって負の側面を解消できるが、その結果、別の負の側面が出てくることがあり、時代によって技術の負の側面は変化する。今後20年を考えると環境とエネルギーの問題が最も対処が難しいものになろう。次の世代に問題を先送りする愚を避けるには、世界各国が協力し合って、環境に負荷を与えない技術を生み出し、その技術を評価し、利用していくことが重要になる。

さらに厄介なことに、技術が進めば進むほどかえって人は技術が見えにくくなり技術が人から遠ざかる、といった事態が起きる。木をすり合わせて火をおこしていた時、火は人間と共にあった。その後も、薪を使ってお釜でご飯を炊くなど道具を使いながら、人は自分の手で火を使ってきた。だが、スイッチ一つでご飯を炊き温められる炊飯器や電子レンジが普及した今、人は火から遠ざかり、しかも炊飯器や電子レンジの仕組みを理解している人は少ない。極端な話、将来、何らかの理由で電気が供給されなくなった時、火をおこしてご飯を炊くことはもはやできないかもしれない。

同様の問題は技術のプロフェッショナルである技術者が働く工場においても起きている。作業の大半が機械によって自動化された結果、工場に勤務している技術者が自分の手で物を作れなくなり、しかも昔であればすぐに気付いた工場内の異変に気付かなくなる危険が生じている。また、CAD(コンピューター支援による設計)が普及したため、技術者はもはや自分の手で設計図面を書けなくなっている。このように、現代社会における技術は、高度に、巨大に、複雑になり、社会を支える基盤となったがゆえに、かえって身近に感じられなくなり、技術の担い手たる技術者であっても技術の全貌を把握しにくくなっている。

この問題を克服するには、改めて技術の素養についての関心を呼び起こし、一般の利用者から技術者まで、技術の世界に住んでいる万人が一定以上の素養を身に付けることにより、技術の舵をもう一度、我々人間の手に取り戻さなければならない。技術リテラシーという言葉を担ぎ出した所以である。

先に述べたように、技術には必ず利用者がいる。身の回りにある道具を使うことから、発電所のような大型かつ複合型の技術システムに至るまで、あらゆる技術は、利用者を意識して生み出されている。したがって、どのような技術を創り出すのか、すでにある技術をどう発展させていくか、あるいは制限するのか、といった意思決定に際し、利用者が関与すべきであり、それゆえに、技術リテラシーは利用者にも求められる。